2026年2月号
BUSINESS
[商略「探照灯」]
by
あんざい・たくみ
(ジャーナリスト)

工場・プラントの課題をAIで解決!(横河電機HPより)
あらゆるモノがインターネットに繋がるIoT(Internet of Things)の波及で製造業の現場が劇的に変わる「第4次産業革命」。ドイツ政府が後に国家戦略となるこの概念を初めて提示したのは2011年4月に開かれた産業機器の国際展示会「ハノーバー・メッセ」でのことだった。あれから15年。内外の巨大メーカーがDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI(人工知能)の収益化に苦戦する中、地味ながら光彩を放ち始めた企業がある。横河電機である。
「まだ評価運転中だが、成功すればグローバルに展開していきたい」。2025年11月4日、第2四半期決算説明会の質疑応答で横河電機社長の重野邦正(57)は言葉を選びながらこう語った。
問われたのは10月29日に発表した案件。サウジアラビアの国有石油会社サウジアラムコが運営する天然ガス処理施設に横河が開発したAI制御システムの導入が決まったのだ。既にサウジ東部「ファディリ・ガスプラント」で酸性ガス除去工程に横河が開発した自立制御AIを試験的に運用したところ、アミンガス及び蒸気の使用量を10~15%、電力使用量を約5%削減できたという。
横河電機の創業者・横河民輔は1864年(元治元年)播磨国加古郡二見村(現在の兵庫県明石市)で蘭方医の四男として生まれた。90年に工部大学校造家学科(東大工学部建築学科の前身)を卒業し、横河工務所(現・横河建築設計事務所)や横河橋梁製作所(現・横河ブリッジ)を設立。1915年に初の国産電気計測器製作を目的に立ち上げた電気計器研究所が現在の横河電機の源流となる。
民輔は自著『是(かく)の如く信ず』(1925年刊)で「我々は生活しようとする為に社会をなす(中略)産業なくして生活はない。社会もない」と述べているように、旺盛な起業家ながら財閥的な支配権を確立せず、人財を重んじた。民輔の三男・正三(1914~2005年)によると、45年6月に死去する直前、民輔は「横河は同族会社でなくなるから承知するように」と息子たちに語っていたという。
その正三は1937年に横河電機に入社。戦後同社は計測・制御機器の国内最大手に飛躍し、正三は米ヒューレット・パッカード(HP)との合弁事業成功の立役者として74年11月に社長に就任した。
「世襲でなく実力」と本人が言う通り、60歳の遅咲き社長。就任当時は第1次石油危機の真っ只中で売上高の8割を占める石油関連機器の受注がパタリと止まったが、労使協議会の席で「1人たりとも解雇はしない」と宣言した。「人財を重んじる」は同社の社是であり、正三の2代後の社長となった美川英二(1933~99年)が97年の破綻後に解雇された山一證券の元社員を「36歳以上を中心に採用する」と公表し、世間を驚かせたこともあった。
しかし、社長在任中に急逝した美川の後任社長の時代、同業の安藤電気の買収で躓いた同社は2002年に大リストラを断行。国内15工場の閉鎖などで「人を切らない」伝統は揺らぎ、以後業績は横ばい・頭打ち。長い低迷が続いた。
脱炭素化で旧来型エネルギー産業の投資が減退した18年、横河は「ソフトウェア重視へ」ビジネスモデルを変革する方針を定め、布石として20~25年に欧米アジアのIT(情報技術)コンサルなど10社を買収した。変革は実を結び、サウジアラムコのようなAI案件も増加。21年3月期~26年3月期(予)の5年間に売上高は3742億円→5770億円(1.5倍)、営業利益率は8%→14%(1.7倍)、21年3月半ばに約5500億円だった株式時価総額は26年1月7日現在約1兆3700億円と約2.5倍に膨らんだ。業績回復と共に「人を切らないDNA」も甦ったのか。興味深く見極めたい。
(敬称略)