徳永日立の時限爆弾/「グローバルロジック」非開示

「プリンス徳永」が主導した買収企業の業績を非開示。元の官僚組織へ先祖返りの兆し。

2026年4月号 BUSINESS

  • はてなブックマークに追加

徳永社長の父親は日立の元技術者だった

Photo:Jiji

事業再編で復活を遂げ、「日本企業の模範」ともてはやされる日立製作所について、株式市場ではこんな声がある。

「グローバルロジック(GL)は減損テストに耐えられるのか」

GLとは日立が2021年に1兆円で買収した米ITコンサルティング企業だ。2万人超の従業員を抱え、顧客企業の情報システムを素早く構築し、改良を繰り返す。

しかしAI(人工知能)の普及でコンサル不要論は勢いを増す。実際に米アクセンチュアや米IBMなど同業大手の株価は軟調で、ITコンサル業界全般が受注難に陥っている。日立が買収発表時に描いた「日立との一体成長」は望みにくくなっている。

個別業績を非開示に

投資家の不信を招いたのは、日立が25年度からGLの営業損益を非開示としたためだ。買収直後に50%あった増収率は低下、利益率も落ち込んだからだろう。同じく1兆円で買収したスイス重電大手ABBの送配電部門(現・日立エナジー)が個別業績を開示し続けているのとは対照的。一部の株主からは「都合の悪い数字だけを隠す姿勢は優良企業日立の信頼に傷を付けた」との声が漏れる。

GLは21年の買収発表時から「高値づかみ」と批判されてきた。20年3月期の売上高は7億7110万ドル(当時の為替レートで約850億円)、調整後営業利益は6340万ドルだった。営業利益率の8%は、ITコンサル業界では高いわけではない。そんな企業を1兆円で買収するとあって、当時の日立取締役会はGL買収案を何度も差し戻した。

GLは交渉のさなかに新規株式公開(IPO)をちらつかせながら買収価格をつり上げていった。結果、めぼしい資産もないGLに日立は7100億円ののれんを背負うことになった。

国際財務報告基準(IFRS)では決算期ごとにのれんの減損テストを実施する必要がある。買収時に想定した収益拡大を見込めなければ巨額の損失計上は避けられない。GL個別業績の非開示には同社の停滞を伏せる意図があると勘繰られても仕方あるまい。

取締役会に反対されながらも買収をゴリ押ししたのは、当時IT部門担当専務だった徳永俊昭社長だ。取締役会で居並ぶ社外役員に対して「GLは日立全体のデジタル企業への変革において重要だ」と訴えた。

それでも取締役会はGOサインを出さなかった。最終的に当時の東原敏昭社長(現会長)が「私が責任を持ちますから」と告げて取締役会は巨額買収を承認した。徳永氏はGL買収とPMI(買収後の統合)を成果として認められて25年4月に日立社長に選ばれた経緯がある。

仮にGLの7100億円ののれんを減損すれば、同社買収が失敗だったと認めることになり、社長就任から1年経たない徳永氏の正当性に傷がつく。さらに最高権力者の東原会長の責任問題も浮上するというわけだ。

GLの個別業績を非開示とする背景として「財務部門によるベリートップへの忖度が働いているのではないか」(機関投資家)と訝る声もある。

徳永氏の社長就任を巡っては一悶着もあった。証券アナリストの信頼を得ていた小島啓二前社長を短期で退任させることにIR本部長が反発して上層部に不満をぶちまけた。同本部長は日立を去り、大企業の経営企画部門に転じた。財務部門の社員は「外部にアピールする『自由闊達な社風』とは表面的なもので、上に盾突けば報復を受けるのが日立の本質」と再認識したという。

経営トップへの忖度と不都合な情報の秘匿――。その姿はかつての東芝に重なる。

東芝は西田厚聡会長、佐々木則夫社長体制だった2010年代前半、社内に忖度がはびこり、買収先の米原発大手ウエスチングハウスが抱える巨額損失を先送りし続けた。その「爆弾」が破裂した後の東芝の末路は誰もが知るところだ。

別の共通項もある。25年4月に徳永氏が社長に就任した際、自ら指名委員も務める東原敏昭氏は会長職にとどまり、社長だった小島氏は新設の副会長職に就いた。それは東芝の西田氏が13年のトップ人事の際に後任の佐々木氏を新設の副会長に退けて会長職を譲らなかったことと重なる。日立の徳永氏への社長交代を巡っても東原氏と小島氏の確執があったとみる関係者は多い。

一部経済誌を「出禁」

確かに「産業界の雄」ともてはやされる日立が東芝のような轍を踏むとは思えないが、それでもGLの情報開示を巡る判断は経営陣の慢心を映し出す。

米リーマンショックの時に日立は過去最大の赤字を計上し経営危機に陥った。復活の道筋をつけた川村隆氏はかねて報道陣に対して「厳しい批判は大歓迎。メディアに褒められても社内の気が緩むだけだ」と語っていた。当時の電機業界の担当記者達は川村氏の言葉を聞いて「日立は復活する」との印象を得た。

しかし今、批判的に日立を取り上げるメディアは少ない。同社に厳しい記事を書いた一部の経済誌を出入り禁止にするなど、かつての川村発言とは真逆の対応を続けているからだ。

そんな日立の傲慢さに一部の投資家は気づき始めている。それを表すのが市場の評価だ。小島社長時代に急進した日立の株価は、徳永社長就任後にブレーキがかかった。

小島社長の在任期間(21年6月~25年3月)に日立の株価は3倍超に跳ね上がり、同期間の日経平均株価の上昇率(27%)を大きく上回った。一方、徳永社長就任後の25年4月から26年2月の11カ月間で日立株は38%上昇したものの、日経平均の上昇幅(56%)には及ばない。

相場全体の上昇と比べて日立は「アンダーパフォーム」していることになる。「AI銘柄」と持ち上げられながらも、実際に株式市場は日立の現経営陣を特段評価していない。

徳永社長は「誰の話でも真摯に聞く」との評価がある。東大卒の俊英で記憶力・分析力に長ける。その一方で「受け身の姿勢が強く、自ら動いて社内外のキーマンに本物の情報を取りに行っていない」との批判もある。そこからは腹心の部下達が耳当たりのいい話を持ち込む社長室の絵が浮かぶ。

かつて上意下達の文化が根付く官僚組織だった日立。検討は続けるものの決断は遅い「鈍牛」と呼ばれ、決められない日本企業の代名詞でもあった。経営者が意識的に組織の末端の声に耳に傾ける努力を怠れば、再び何も決められない09年の川村改革以前の「鈍牛日立」へと先祖返りしてしまう恐れもある。

00年代の業績予想の未達が続いた日立も都合の悪い数字を突然非開示とし、証券アナリストの不興を買うことがあった。GLの個別業績の非開示は「模範企業日立」の綻びに思えてならない。

  • はてなブックマークに追加